クリスマス・ストーリーズ(共著)
2005年11月30日 角川書店 1500円+税 206頁
[Data]
#初出: 『野性時代』2004年12月号「特集:クリスマス・ストーリーズ」
#提供作品: 「ふたりのルール」
#共著者: 大崎善生、奥田英朗、角田光代、島本理生、蓮見圭一
#装丁: 高柳雅人(角川書店装丁室)
[POP]


 


聖なる夜に君は(共著)
2009年11月25日 角川文庫 438円+税 174頁
  
[Data]
#初出: 『野性時代』2004年12月号「特集:クリスマス・ストーリーズ」
#2005年11月30日、『クリスマス・ストーリーズ』 角川書店より刊行
#2009年11月25日、『聖なる夜に君は』と改題され、角川書店より文庫刊行
#提供作品: 「ふたりのルール」
#共著者: 大崎善生、奥田英朗、角田光代、島本理生、蓮見圭一
#装丁: 高柳雅人
#フォト: J.Sparshatt/Axiom/amanaimages
#尚、短篇小説 「ふたりのルール」 を原型としたスピンオフ長編小説 『幸福日和』 を2007年10月に角川書店より刊行しました。あわせて読んでいただければ、と思います


再録「ふたりのルール」(冒頭)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 経理部のフロアにはまだ数名の男性社員が残り、デスクに向かって、黙々と仕事を続けている。
 午後七時四十分。花織はタイムカードを打刻すると、「お先に失礼します」と声をかけ、オフィスを出た。
 ピーコートを羽織り、最寄りの地下鉄駅へ向かう。きらびやかなクリスマスディスプレイが施された青山通りを行きかうのは若いカップルばかりだった。思い思いに腕を組み、手をつなぎ、肩を抱きかかえて、夢見るように歩いている。
「園田さーん」
 自分の名を呼ばれ、花織は足を止めた。声のほうに目をやると、歩道に面したオープンエアカフェの座席で小林真司が手を振っている。花織は首をかしげ、彼の前に歩み寄った。
「なにしてるの、こんなところで」
「ちょっと座らない?」
 小林はとなりの席を少しだけ引いた。テーブルの上のコーヒーカップも、タンブラーの水もすでに空になっている。
「座らない」
 花織が答えると、小林は苦笑し、ウェイターを呼んで代金を支払い、席を立った。
 小林は同期入社の営業部員だった。さきほど六時半すぎに経理部にやってきて、主任と打合せをしたあと、花織のデスクに立ち寄り、「今日はイヴで、しかも金曜日だぜ。こんな日に残業なんて淋しすぎないか」と皮肉を言った。花織が口をつぐんだままでいると、小林はちょっとあわてて、「冗談だよ、気にさわったらごめん」と付け加え、足早に立ち去った。
「待ってたの? って訊かないんだ?」
 駅の改札に通じる階段を下りながら、小林が言った。
 花織は前方を見たまま、「待ってたの?」と訊いた。
「いや、今日は飲み会も入ってないし、うちに帰ってもどうせ暇だから、なんとなくね、あそこでしばらくクリスマス気分に浸ってたんだ。でも、向こうから歩いてくる園田さんを見かけたら、そっか、おれは待ってたのかもしれない、って」
 こんな台詞も、ほかの男が言えばキザに聞こえるだろうが、小林の場合、純朴で少年っぽい顔立ちのおかげで、裏のない正直な言葉に思えてくる。
 地下鉄に乗り、渋谷駅で降りた。花織は井の頭線に、小林は東横線に乗り換える。地下通路の分岐点まで来て、「じゃ」と花織が肩の高さに手をあげると、「晩メシ」と小林が言った。「よかったら、晩メシいっしょに食わない?」
 花織はちょっと考えてから、「いいけど」と答えた。「でも誰かに見られたら、勘違いされるね」
「うん、今日は特にね……。勘違いされたくない?」
「されたくない」
「おまえ、ほんと、はっきり言うよなあ」
 つきあってもいない男から、おまえ呼ばわりはされたくないが、ふしぎなことに小林にそう呼ばれても、花織は不愉快に感じない。それも彼の性格ゆえだろう、と思う。
「でも予約入れてないと、どこも入れないよ、今夜は」
「いや、たぶんあの店なら大丈夫」
 小林がそう言って向かったのは、東急本店の裏手にある台湾料理店だった。