携帯メール小説(共著)
2006年8月2日 小学館 1200円+税 226頁
[Data]
#初出: 「きらら」(小学館) 2004年6月号(創刊号)〜2006年4月号 隔月連載
#提供作品: 「満月」「あした、家に帰る」「二十年後の夫婦」「父の愛人」「三十七歳、春」「きみと毎朝ごはんを食べたい?」「片目を閉じて」「泣くな、自分」「たがいの言い訳」「幼なじみの背中」「これからの人生の長さを思うと」「タン!と舌を鳴らす」(以上、掌編小説12編)
#共著者: 佐藤正午
#装 丁: 山田満明(マンメイデザイン)
#編集者: 大木秀臣/稲垣伸寿(「きらら」編集部)
[書評・その他]
◎2006.8.6 「日経新聞」朝刊の書評欄に掲載
「五百字から千字という超短編小説を集めた『携帯メール小説』(小学館)が刊行された。文芸誌「きらら」が二〇〇四年から公募している携帯メール小説大賞の受賞作・佳作と、選考委員を務める作家の佐藤正午、盛田隆二の作品の合計百三編を収めている。ゴリラ顔であることを理由に交際を断ってきた女性を描いた「晩婚のゴリラ顔からの手紙」など、魅力的な作品が並んでいる」
携帯メール小説・特別再録 「父の愛人」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼女は東京の大学を出ていて、身ぎれいで、垢抜けていた。ストレートの長い髪にジーンズと男物のシャツが似合った。亡くなった夫が結構な財産を遺したので、金にも不自由していなかった。母が太刀打ちできるような相手ではなかった。
父は彼女を助手席に乗せるために赤いポルシェを買い、知りあいの蔵元に彼女の名前を冠したワインを醸造させ、ジュエリー工房で誕生石の三点セットをオーダーメイドした。そうしたことが町の噂になっても、父は少しも悪びれなかった。
それは三十年前のことだ。十六歳のぼくは彼女に会いにいった。六月の午後だった。屋敷の門をくぐり、桜の木のある庭に入った。彼女は縁側で自分の名前のついたワインを飲みながら小説を読んでいた。ぼくは父の名を告げ、息子だと言った。
「あら、よく似てる。で、なあに。親父とつきあうなって?」
「違う。どんな女か、確かめにきた」
彼女は目を丸くした。「それで、どう?」
ぼくは拳をにぎりしめ、思いつく限りの言葉で女を罵った。途中で自分の声が聞こえなくなった。
「上がっていきなさいな。どうせ誰もいないし」
日が落ちてから、彼女の家を出た。家に戻ると、うつぶせた母の上に父が馬乗りになり、腰を揉んでいた。母がうめき声を上げると、「な、効くだろ、プロみたいだろ」と父が言った。
ぼくは子ども部屋に入り、ベッドに身体を投げた。
「あの人とは十五違い、あなたとも十五違い、わたしはちょうど真ん中。折り紙みたいに重なるね。わたしも一人っ子なの。あなたと同じ。できたら友だちになってほしいな」
父がいかに残酷な男か、彼女はいくつかの具体例を示した後で、そう言った。ぼくは父に内緒で彼女の家を訪問するようになり、彼女への同情は淡い恋心に変わり、病院に付き添うことさえしたが、あれから三十年経ったいま、三人はもう折り紙のようには重ならない。放蕩を尽くした父も、母に先立たれると急速に老けこみ、後を追うように逝ってしまった。
弔問に訪れた彼女は還暦をすぎて、ますます美しくなった。
「ありがとうございます」
ぼくは深々と一礼した。あのとき父の子を産んでいれば、この人が正妻になり、喪主になっていたかもしれないのだった。所帯を持つ気になれず、ぼくは独り身を通してきたが、腹違いの弟妹がいれば、父の家系が途絶えることもなかった。
「寂しくなりますね」
彼女は遺影をじっと見つめ、位牌に手を合わせた。
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