身も心も
2011年6月17日 光文社 1200円+税 212頁
  
[Data]
#「小説宝石」2011年5月号に「身も心も」(前編)を寄稿
#「小説宝石」2011年6月号に「身も心も」(後編)を寄稿
#2011年6月17日、光文社より 【テーマ競作小説「死様」シリーズ】 の1冊として刊行
#装丁: 川上成夫
#題字: 清水美和
#編集: 大久保雄策
■テーマ競作小説「死様」執筆作家 (Amazon6冊セット
 荻原浩、佐藤正午、白石一文、土居伸光、藤岡陽子、盛田隆二

6冊同時刊行

[インタビュー・関連エッセイ・ニュース記事]
★印のついたものはWEB上で読めます
◎2011年6月19日、「日経新聞」日曜随想欄に エッセイ「スーちゃんと『ぴあ』の時代」 ★
◎2011年6月26日、「産経新聞」に テーマ競作による小説「死様」シリーズを刊行 掲載★
◎2011年7月6日、「ダ・ヴィンチ」8月号に 著者インタビュー
◎2011年7月15日、「産経新聞」朝刊の連続企画 「病と生きる」に 著者インタビュー
◎2011年7月22日、ニッポン放送「あなたとハッピー」出演
◎2011年9月17日、「図書新聞」に対談・盛田隆二×荻原浩 テーマ競作「死様」をめぐって掲載

[書評]
◎2011年6月29日、「日経新聞」夕刊に 書評(評者・陣野俊史氏) 掲載★
◎2011年6月30日、「日刊ゲンダイ」に 書評(評者・北上次郎氏) 掲載★
◎2011年7月1日、 「北海道新聞」夕刊に 書評(評者・北上次郎氏) 掲載
◎2011年7月11日、「本の雑誌」8月号に 書評(評者・北上次郎氏) 掲載
◎2011年7月17日、「毎日新聞」朝刊に 書評(評者・川本三郎氏) 掲載★
◎2011年12月21日、「日経新聞」夕刊に 書評(評者・中江有里氏) 掲載★

[読者の書評]
読書メーター    ◎ BOOKS WANDERVOGEL(有隣堂横浜駅西口店)
声が聞こえたら、きっと探しに行くから  ◎ 猛読醉書  ◎ シェラ's文庫
野雪の平熱日記  ◎ ペパキャンのサバイバル日記
おりおん日記    ◎ 隙隙日記     ◎ 今日がいちばん新しい
日日是好日     ◎ 夏見住宅日誌  ◎ takacci blog
マッサージ トミイ  ◎ 精神対話士の資格をもつ社長の日記
s2uoxouさん    ◎ 小春空  ◎ なぜアルコール依存の両親は子どもを不幸にするのか
福岡県弁護士会の読書   ◎ 信兵衛の読書手帖   ◎ THE LAST WEEKEND

[別バージョンの帯]
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[手書きPOP]
◎紀伊國屋書店新宿本店にて (推薦文は、女優・脚本家の中江有里さん)
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[イベント]
◎2011年7月1日、リブロ池袋本店にて サイン会 開催


[書店風景]
◎リブロ池袋本店
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◎有隣堂アトレ恵比寿店
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身も心も(文庫版)
2014年10月9日 光文社文庫 560円+税 258頁
  
[Data]
#「小説宝石」2011年5月号に「身も心も」(前編)を寄稿
#「小説宝石」2011年6月号に「身も心も」(後編)を寄稿
#2011年6月17日、光文社より 【テーマ競作小説「死様」シリーズ】 の1冊として刊行
#2014年10月9日、光文社より文庫刊行
#解説: 中江有里(Official Web
#装丁: 大久保伸子
#編集: 園原行貴
[内容紹介]
妻に先立たれ、毎日を無気力に過ごす礼二郎。彼を変えたのは、絵画同好会での幸子との出会いだった。やがて二人は恋に落ち、喜びも悲しみも分かち合いながら愛を育む。たとえ周囲の人間に後ろ指をさされようとも。だが、礼二郎は不意の病に蝕まれて……。ときめきを忘れかけていた男女が、限られた時の中で紡ぐ切実な恋愛模様を、まばゆいほどに美しく描く感動作。
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[インタビュー・書評(単行本)]
◎2011年6月29日、「日経新聞」夕刊に 書評(評者・陣野俊史氏) 掲載
◎2011年6月30日、「日刊ゲンダイ」に 書評(評者・北上次郎氏) 掲載
◎2011年7月6日、「ダ・ヴィンチ」8月号に 著者インタビュー 掲載
◎2011年12月21日、「日経新聞」夕刊に 書評(評者・中江有里氏) 掲載

[手書きPOP(単行本)]
◎紀伊國屋書店新宿本店にて (推薦文は、女優・脚本家の中江有里さん)
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[手書きPOP(文庫)]
◎有隣堂ヨドバシAKIBA店にて (POP名人の異名をとる書店員・梅原潤一さん作成)
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再録「身も心も」(冒頭)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      1
 細身のジーンズに光沢のある銀鼠色のシャツを着て、首元に絹のスカーフをふんわりと巻き、小脇にスケッチブックを抱えて公民館のロビーを颯爽と歩く――。
 老人クラブの絵画同好会「光彩会」で岩崎幸子と初めて出会ったとき、道久礼二郎は彼女のエキゾチックな顔立ちや上品な笑みにも増して、身のこなしの軽やかさに目を奪われ、華やかな人だな、と思ったが、所詮自分とは住む世界が違う女性のように感じられて、気軽に言葉をかわすことなど考えも及ばなかった。

 それというのも講師の指導によりデッサンの練習をしているあいだも、終了後に近くのファミリーレストランに移動してお茶を飲んだときも、幸子は常に数人の男性会員に取り囲まれていたからだ。男たちは幸子の気を引こうとして、色っぽい小噺を披露したり、見えすいたお世辞を連発する。そんな彼らの振る舞いに眉をひそめる女性会員もいたが、幸子はただ頬笑んでいるだけだった。

 それに加えて、その日は光彩会の第一回目の集まりだった。だから礼二郎は参加者のほとんどが初対面の者同士とばかり思っていたが、市民文化祭に水彩画や絵手紙を出品した人たちが数年前に作った絵画サークルがこの会の母体になっているので、新加入者は礼二郎を含めて三人だけだという。会の代表の川嶋克実からその話を聞いて、礼二郎は身の縮む思いがした。家に閉じこもってばかりではいけないと、息子の雅人に勧められて入会したものの、絵はまったくの素人だったからだ。

 会員は二十名ほどで、男女はほぼ半々。年齢的には六十代後半が中心で、最高齢は八十四歳の関根八千代。七十五歳の礼二郎は四番目に高齢だった。
 昼下がりのファミリーレストランは客も少なく、光彩会の会員だけで十名用の大テーブルを二つ独占している。一方のテーブルは代表の川嶋克実を中心に、もう一方のテーブルは講師を務める画家の黒木敏春を中心ににぎやかなおしゃべりが続いている。黒木はまだ五十代半ばで若々しく、人当たりもやわらかい。女性会員は黒木のためにおしぼりを手渡したり、ドリンクバーに飲み物のお替わりを取りに行ったりと、なにかと世話を焼きたがった。

 礼二郎は川嶋の隣の席でコーヒーをすすりながら、入会したことを早くも悔んでいた。たとえ月に二回でもわざわざよそいきの服に着替えて外出するのは億劫だったし、初対面の人たちの会話に自分から入っていく気にもなれない。以前から人づきあいは苦手だったが、妻を亡くして店を閉めてからその傾向が顕著になり、家ではほとんど一日中ソファに腰を下ろし、つけっ放しのテレビの前でうたた寝をしているだけの生活だった。

 今日は天気が好いから散歩でもしてきたらどうか、と息子の嫁の敦美に言われても腰を上げる気になれない。商店街の喧騒を抜けて公園まで歩けば運動になるだろうが、一人でとぼとぼ歩いてもおもしろいことはなにもない。たしかに一日中座っていると腰が痛くなるし、たまに町内の行事などで外出しなければならないときなど、少し歩いただけで息が切れて膝に痛みが走る。だが、もう七十五歳にもなるのだから足腰が弱くなって当然だろう、と礼二郎は半ばあきらめの境地で自身の老化を受け入れている。
 それだけにファミリーレストランに入るなり、「道久さん、まあ、同い年のよしみで」と川嶋克実に隣の席を勧められたときは愕然とした。川嶋は長めの髪も立派な口髭も黒々としているし、身体つきもがっしりしており、まだ六十代半ばに見える。

「ねえ、先生、次回は岩崎さんにモデルをお願いしましょうよ」
 その川嶋が身を乗り出すようにして、黒木講師に声をかけた。
「うーん、どうしましょう」
 黒木が返事をためらっていると、幸子があわてて口を開いた。
「やめてください、そんな恥ずかしいこと」
「恥ずかしいもんか。先生にまかせていると、今度はナスとキュウリを描くことになるからね。女性のほうがいいですよねえ、道久さん? デッサンの練習にも力が入る」
「あ、はい、そうですね」
 急に話を振られて、礼二郎は思わず同意してしまったが、「ほら、先生。初めてお見えになった道久さんもそうおっしゃっているんだから」と川嶋が嬉しそうに言うのを聞いて、首筋が火照った。