『散る。アウト』 書評再録  2004 Dec 28 (Tue)  

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 モンゴル、ロシア、シベリア鉄道を舞台に
 恋愛と冒険が溶け合う小説

 ――盛田隆二著 『散る。アウト』

                      川本三郎(評論家)

            「週刊ポスト」 2004年12月24日号掲載

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 偽装結婚がビジネスになる。アジアの貧しい国の女性が、日本

で働きたいために日本人の男性と結婚したことにして就労ピザを

取る。組織がその仲介をする。


 浅田次郎の短篇 「ラブ・レター」 ( 『鉄道員』所収) は中国人の

女性が日本人のやくざな男と偽装結婚する話だった。

 この小説では、モンゴル人の女性が日本人の男性と偽装結婚

する。裏社会がより遠くへと広がっている。


 主人公の木崎耕平は精密機械メーカーの研究所に勤めるサラ

リーマン。35歳で妻子がいる。 しかし先物取引に手を出し、サラ

金からの借金がふくれ上がり、会社は解雇される。さらに妻子と

は別れると、悲惨なことになる。ついには日比谷公園でホームレ

ス暮しを始める。


 そこに、ある組織の男が声を掛ける。偽装結婚の仕事をすれ

ば50万円の稼ぎになるという。 追い詰められている耕平はヤバ

イと知りつつ引き受けるしかない。


 相手はモンゴル人だという。 ウランバートルに飛んで本人に

会うと、ダワという名の美しく知的な女性。 大学で勉強したので

日本語を話せる。


 なぜそんな女性が偽装結婚までして日本に行って働きたい

のか、彼女は無邪気に割り切っていう。

「日本で働きたいモンゴル人、どうしますか。日本人と結婚する、

それがいちばんでしょう」 「 (偽装結婚は) すばらしいビジネス

です」


 女性を騙している訳ではない。むしろ彼女たちのほうが偽装結

婚を望んでいる。相手を探していると新聞に広告まで出すという。

このあたりの女性のたくましさが面白い。


 盛田隆二は 『ストリート・チルドレン』 『サウダージ』 『夜の果

てまで』 など現代都市の見えざる部分を描くのが巧みだが、

この小説でもウランバートルの細部が克明に描かれてゆく。


 かつて駐屯していたソ連兵とモンゴル女性とのあいだに生ま

れた子どもたちが、孤児となりストリート・チルドレンになって

ゆく現実など興味深い。


 耕平はダワに惹かれる。しかしそこにロシア人のマフィアが現

われ、二人とも命を狙われることになる。 恋愛小説と冒険小説

が溶け合う。


 定石どおりの展開ではあるが、舞台がモンゴル、さらに国境を

越えてロシア、シベリア鉄道、ハバロフスクからウラジオストック

と転々とするのでスリル満点。


 丹念に取材されているためだろう、ロシアの町の様子も丁寧に

書き込まれている。 シベリアの幹線道路を走っている車はほと

んど日本車、 それも埼玉の幼稚園の送迎バスや新潟の病院の

救急車、というところなど面白い。


 ロシア・マフィアの追撃をなんとかかわした耕平が、最後に逃げ

込む場所は、なんとマニラの貧民街。 ホームレス時代の仲間と

スラムで世捨て人のように暮す。

 都市の周縁にこそ隠れ里を見出そうとする。盛田隆二の真骨頂

だろう。

                          (C) 文章・川本三郎