■『あなたのことが、いちばんだいじ』著者インタビュー  2005 Nov 08 (Tue)  


◎2005.11.8 『女性自身』掲載
 インタビュー・文 : 品川裕香

………………………………………………………………………


 誰かと約束があるわけでもない、 仕事の予定もない。 そんな

一人ぼっちの夜は昔から本を読みながら過ごす。その際、何の

本を読むか、その選択に毎回頭を悩ませる。

 ミステリーだと結末が気になるから、一気に最後まで読んでし

まうだろう。いきおい徹夜することになり適当ではない。

 かといって長編小説も読みたくない。一人ぼっちの夜がその

後も続くことを前提にしているみたいで、なんだか寂しいからだ。


 そんなわけで、こんな気分にも状況にもマッチするのは短編

小説だというのがここ十数年来の結論である。

 読みたいのは、 長さとしては30p程度の、 読後に深い余韻が

残ったり、独自の世界観が広がったりする物語だ。へミングウエ

イやロアルド・ダールのような。 芥川龍之介や中島敦のような。

いろいろと注文があるので、 書店に新刊本の探索に行くたびに

自分のための短編小説を探し続けているのだが、記者の気持ち

に沿うような作品にはなかなか巡り合えない。


 今週の新刊 『あなたのことが、いちばんだいじ』は、どうせ見つ

かるわけないよな、などと自分に言い訳しているときに、タイトル

だけが他の本から浮かび上がって目に飛び込んできた一冊だっ

た。


 最初の一編 『ひらひら』 を読んで著者の世界に引きずりこま

れた。編集者を辞め、文筆業一本で食べていくことを決めた男。

その男の、退職した最初の一日を妻の視点で淡々と描いている

作品だ。

 街を徘徊し、 アダルトビデオに出演させられそうになったり、

ヘンな男に酒を飲まされて身ぐるみはがされたり。 たった1日

のうちにこんな奇妙なことばかり起こるはずもないのに、 と頭

の片隅では考える。 だが 「あなたは●●する」と現在形でレポ

ートし続ける妻の突き放したような視線に不思議な魅力があり、

先へ先へと読み進めてしまう。


 二つめの作品は、本の表題にもなった『あなたのことが、いち

ばんだいじ』。 高校生になった愛娘を探す私立探偵の話だ。

数年間会っていない娘の顔を見分ける自信が自分にはない……

娘に会ってこなかった父親が後悔に揺れる。その思いがせつな

い。 それでも物語は決してウエットではなく、 ハードボイルドの

ミステリー調で進んでいく。 『ひらひら』 とはまるで違うテイスト

に、やられた、と思う。


 本書の最後に収録されている 『糠星』 は16歳のときに、雑誌

の懸賞に応募し、 一等賞になって10万円もらった小説。 それを

ほとんど手をいれないまま収録したという。


「知り合いの編集者の中には、統一したテーマのない短編集なん

てねえ、とシビアに指摘する声もあったのですが(笑)。自分として

は“これだけは失いたくない”というモノを一貫して描き続けていた

んだなあと再認識しました」

とは 『ストリート・チルドレン』 で野間文芸新人賞候補になった

著者の盛田隆二さん。


「この本には、16歳から50歳までの間に僕が発表してきた短編を

収録しました。僕にとってはそれぞれ時代の節目になる小説で、

僕の34年もの時間がここに凝縮されているともいえます」


 16歳で処女作を書いたあとは普通に就職し、情報誌『ぴあ』の

編集者になった。 『ぴあMAP』 を企画し、 世に送り出したまさに

その人で、就職してからしばらくは小説からも遠のいていたという。


「ところが『ぴあ』本誌が10万部のときに『ぴあMAP』が25万部

も売れて社長賞を貰うことになった。その授賞式で僕はハッとして

“オレは小説家になりたかったのではないのか”と思ったんです」


『ぴあMAP』を作っていて、気分が極めて左翼的になったことも

関係する、と盛田さんは照れる。

「国土地理院の地図を手に、僕は一つずつ街中を歩きながら、その

地図が正確かどうか確認しました。そのとき、街は急激に変化して

いるのに国が作る地図はまるで対応していないことが分かったん

です。ならば、オレは自分の信じる地図を作って行きたいと思った。

些細なことですが、それが再び憑かれたようにワープロのキーを

叩くきっかけ。こうして寝る間も惜しんで書き続けたのが『ストリー

ト・チルドレン』でした」


 だが盛田さんのこだわりは「地図」、 つまり 「空間」だけにある

わけではなかった。「時間」という要素も、またとても大事に考え、

小説のモチーフとして捉えていた。


「 『ぴあ』は情報誌でしょう? 日々、使い捨ての情報が僕を通り

抜けて行く感覚があった。それでもっと悠久の時間にこだわって

みたい、そこをなんとか描いてみたいと考えるようになりました。

時間も空間も飛び越えて追い詰められたとき、あなたは何を失い

たくないのか、 最後のプライドはどこにあるのか。 そんなことを

書きたかったんです」


 今回、短編集を出してみて、盛田さんは新たなる意欲を燃やし

ている。

「よく言われることですが、短編小説は丸太をスパンと切った断面

図を見せるようなもの。ある一面を切り取って描きながら、丸太全

体を想像させる。それがよい短編なんです。そこが楽しくもあり、

苦しくもあり、書くときの魅力でもあるんです」


 短編を書くのもおもしろくなってきた……。盛田さんは、そう言う

と、顔をクシャッとさせて笑った。

「何かがストンと読み手の胸のうちに入るような、強烈なものを書

いてみたいですね。 それが作家にとっての楽しみなのかもしれ

ません(笑)」


 短編集の嬉しいところは、 短いから何度でも気軽に読み返せる

点にある。しかも読んだときの心身の状況や周囲の環境によって、

得られる感想も毎回異なる。万華鏡のような短編集との出会いは、

一人の夜を味わい深いものに彩ってくれるのだ。