■『あなたのことが、いちばんだいじ』書評■  2005 Nov 17 (Thr)  


◎2005.11.17 『週刊新潮』の 「TEMPO」 欄に掲載


 著者の小説はどこか苦い。大人の男たちが日常生活

の中で忘れていたこと、 忘れようとしていたものを思い

出させるからだ。 それは10代のころに捨てた夢だった

り、 20代のときに別れた恋人だったり、 30代で見切り

をつけた将来だったりする。


 この短編集には著者の過去から現在が詰まっている。

受験という閉塞状態の中で、揺れる自我と友情を描いた

「糠星(ぬかぼし)」 は高校2年のときの処女作だ。

 デビュー直前に書かれた 「穴のなかの獣」 は70年代

初期を舞台にした青年の漂流物語。また、あたかも実験

小説のような味わいの 「エーテル密造計画」には、18年

間勤めた会社を辞めて物書きとなった著者の心象風景が

凝縮されている。


「ひらひら」は小説家という職業の夫を持った妻の視点で

展開する半自画像だ。 そして最新作「折り紙のように」 。

主人公は危篤の父に会うために帰省した田舎町で、置き

去りの過去と現在の自分を突きつけられる。 父のかつて

の愛人に対する複雑な思いの中に、50代を目前にした男

の諦観と覚悟がほの見える。


 おそらく著者の里程標となるであろうこの作品集。 苦さ

の深まりを味わいつつ、ゆっくりと読むのが正解だ。