■『ありふれた魔法』著者インタビュー■  2006 Oct 25 (Wed)  


◎2006.10.24 『サンデー毎日』 11.5号に掲載


 この本の主人公・秋野智之は44歳の銀行員。今まで僕が描いて

きた主人公は10代から30代ばかりなので、最年長になります。


「盛田隆二は “現代人の居場所探しの旅” を描く作家である」

と、ある評論家に評されましたが、その言い方にならえば、智之は

銀行の支店次長職で、3人の子供がいる。 社会の中に確固たる

「自分の居場所」を持っている人物です。そんな中年男性が恋に

落ちることで、安定していたはずの足元が急速に揺らいでいく。

今回はそんな人生の不可思議を描いてみたいと思ったんです。


 でも妻子のある中年男の恋愛となると、 不倫という形にならざ

るを得ない。最近は不倫も軽く考えられがちですが、銀行は特に

男女関係に厳しくて、部下との不倫なんてとんでもない。ちょっと

噂が立っただけで左遷の対象にされてしまうくらい大きなタブーで

す。


 小説のベースになる銀行員の日常の描写ですが、 まったく金融

業界の知識がなかったので苦労しました。専門書を読んだり、銀行

員のブログを見たり、実際に銀行員の方たちに話を聞いたり、取材

には時間をかけました。細部をなおざりにすると、全体のリアリティ

ーに影響しますから。


 小説の中にも登場しますが、タイトルの 『ありふれた魔法』 は、

スピッツの『ロビンソン』という曲の一節から取りました。

 恋人同士が同時に同じ台詞を言ったりするシンクロニシティー

のことなんですが、そもそも恋愛というものが「ありふれた魔法」

だろうという意味もあります。


 智之は色恋なんてとっくに卒業したと思っている。 夫婦関係は

円満だし、様々な気苦労はあっても子供たちは順調に育っている。

順風満帆な人生とまでは言わないけれど、このまま可もなく不可

もなく時が流れていくんだろうと思っていた。

 ところが、あることをきっかけに部下の茜に惹かれていき、ふと

気づくと四六時中、彼女のことを考えている自分に驚く。 本気の

恋愛をしてしまうんですね。


 でも、智之は決して一線を超えないように、必死で自分を抑えま

す。 実際、家庭を持つ40代の男性が恋に落ちた場合、同じような

葛藤に陥るでしょう。 銀行員という職業を抜きにしても、後先を考

えずに部下と関係を持つ男がいるとすれば、単に浮気をしたいと

いうだけの話ですよね。心身ともに深い関係になったら、男として

若い彼女の将来を引き受ける覚悟も必要になると思います。


 また、茜にしても智之が家庭を大切にしている誠実な男だから

好きになったという面もある。相手を尊敬する心がなければ愛は

育ちませんから。

 守るべきものがあり、感情に任せて突っ走れない大人だから苦

しむ。“不惑”の40代だからこそ惑うことになると思います。


 読者によって反応はいろいろだと思いますね。「智之の気持ち

がよく分かる」 という方もいれば、「いい歳して、なんだコイツ」と

思う方もいるでしょう(笑)。

「40男の恋愛」 をどう感じるか、自分の恋愛観のリトマス試験紙

としても読んでみてほしいですね。