「City Children in Mongolia――Chill Out」  2006 Nov 16 (Thr)  

■東洋英和女学院大学で、2004年10月、2005年10月と、
2回にわたって「異文化理解とコミュニケーション/日本
とモンゴルの場合」と題して講義をする機会があった。
http://snipurl.com/12b33

この講義録は『多文化と自文化―国際コミュニケーション
の時代』(2005年、森話社)として刊行されたが、
http://www.shinwasha.com/55-0.html

このたび「異文化理解とコミュニケーション」のテーマを
より深める形で編集された英語のテキストが完成した。

■竹下裕子/山岡清二/Patricia Sippel/鈴木卓 編著
『The Bridges of English Language Across the World:
International & Multicultural Perspectives
――世界の多様な英語 Book1& Book2』(松柏社)である。
http://snipurl.com/12b4g

■中東の新聞記事、国連の活動レポート、アメリカにおける
横田早紀江さんの声明など、興味深い題材が並ぶ中、
このBook2の第5章に
「City Children in Mongolia――Chill Out」と題して
『散る。アウト』の部分訳が掲載されている。

「文学作品や新聞記事、エッセイや研究論文といった特定の
種類の出典に教材を求めるのではなく、また、特定の学部で
なければ使うことのできない内容でもなく、一般に大学時代
に読んでおくべき内容、知っておくべき情報、そして考える
べきテーマやトピックを選定し、さまざまなソースから得た
多彩な読み物を提示した」

本書の「まえがき」で編集意図がそのように述べられているが、
このような英語教材に翻訳掲載されることをとても光栄に思う。

掲載されるのは、主人公の耕平がモンゴル人のダワと結婚式
を挙げた翌日、何者かに突然命を狙われて、マンホールの中に
逃げこみ、ストリート・チルドレンと遭遇する場面だ。
以下に、この部分訳のさらに一部を引用。


■英語テキスト

 It stank to the heavens inside the manhole.

 Leftovers such as bone, pieces of old cloth and empty cans were scattered all over, and filthy water was dripping from the concrete ceiling.

“We’ll hide ourselves here for a while,”said Dawa@ softly. “I was told to flee to a secure place if I didn’t hear from them in 30 minutes.”

 KoheiA said nothing but nodded with his traveling bag in his arms, and stared into the darkness.

 It was only 2 meters deep or so, but the sunlight from the opening overhead in the road lit a limited area.

 A few meters away was darkness.

 The underground was unexpectedly spacious, and two pipes, approximately 70 centimeters in diameter, ran under their feet.

 As his eyes got used to the darkness, Kohei saw several children near the pipes, crouching and snuggling up to one another.

 Their ages probably ranged between 5 and 15.

 They all frowned with apparent hostility.

 Dawa gently talked to them, and after they had exchanged some words, the children’s faces softened a little.

“They lived here during the winter. They say they are back here because it’s snowing and freezing today. Touch here. See, it’s so warm.”

 Despite the fact that she had been almost murdered some minutes before, Dawa was extremely calm.

 Following Dawa’s suggestion, Kohei touched the big pipe. It was like a Japanese metallic foot warmer carrying hot water.

“Pipes for the steam,” said Dawa. “Hot water from a thermal power plant runs through these pipes to hotels and apartment houses. They are all over Ulan Bator.”


■原文

 マンホールの中はひどい悪臭がした。骨などの食べかすや

ボロ布や空き缶が足の踏み場もないほど散乱し、コンクリの

天井から汚水がぽたぽたと落ちてくる。

「ここでしばらく隠れていましょう」とダワが囁くように言った。

「三十分待って連絡がなかったら、自力で安全なところ

に逃げてくれと言われました」

 耕平はボストンバッグを抱えたまま無言でうなずき、暗闇の

向こうにじっと目を凝らした。

 深さは二メートルほどしかないが、路上に開いた穴から差しこ

む光は一部分しか照らさない。ほんの数メートル先は真っ暗だっ

た。地下のスペースは意外に広く、足下には直径七十センチほど

のパイプが二本通っている。

 暗闇に目が慣れてくると、そのパイプのそばに数人の子ども

たちが寄り添うようにうずくまっているのが見えた。年齢は五歳

ぐらいから十五歳ぐらいまでだろう。子どもたちは顔をしかめ、

敵意をむきだしにしていたが、ダワがやさしく声をかけ、二言三

言会話をかわすと、表情が少しだけ穏やかになった。

「冬のあいだ、子どもたちはここで暮らしていました。今日は雪

が降って寒いので、久しぶりに戻ってきたと言っています。ここ、

触ってみてください。とっても温かい」

 たったいま、殺されそうになったばかりだというのに、ダワは

ひどく落ち着いている。

 耕平は促されて、太いパイプに手を触れてみた。湯たんぽのよ

うな温かさだった。

「スチーム管です」とダワが言った。「火力発電所で温められたお

湯がこのパイプを通って、ホテルやアパートへ流れていくのです。

ウランバートルでは市内全域をくまなくまわっています」


■<注釈―Notes>

@ Dawa [人名]ダワ。母はモンゴル人、父はかつてモンゴルに
駐留していた旧ソビエト軍の軍人。軍の撤退とともに父はロシア
に帰国してしまう。母の病死後、幼いダワは孤児施設に収容され
るが、父の送金援助により、モンゴルの大学に進学し、日本語を
学ぶ。日本で働くことに憧れて、耕平との結婚に夢を託す24歳。

A Kohei [人名]耕平。『散る。アウト』の主人公、木崎耕平、
37歳。早稲田大学理工学部出身で、精密機器メーカーの研究員
だったが、ささいなことから莫大な借金を負い、ホームレスに
転落してしまう。ある日、闇の組織から偽装結婚を持ちかけられ、
一路ウランバートルへ。現地の女性ダワとともに、転落の人生の
出口を探し求める。